Journal Club 201705
腫瘍科で行っているJournal Clubの要約を掲載いたします。内容の詳細につきましては原著論文をご参照ください。
2017.05
セリンおよびグリシンの制限食がもたらす抗腫瘍効果
Modulating the therapeutic response of tumours to dietary serine and glycine starvation.
Maddocks ODK, Athineos D, Cheung EC, et al. Nature. 2017;544(7650):372-376.
非必須アミノ酸のセリンとグリシンは、腫瘍細胞の成長や増殖を支持する多様な同化の過程で用いられる。いくつかの悪性腫瘍の細胞においてはde novoのセリン合成が増加しているが、他の多くの腫瘍細胞では最適な成長のため外因性のセリンに依存している。食事中のセリンとグリシンを制限することは、異種移植モデルと自家移植モデルにおいて腫瘍の成長を抑えることができる。今回の研究では、この観察結果をより臨床に関係がある腸管腫瘍(Apcの不活性化)とリンパ腫(Mycの活性化)の遺伝子操作モデルマウスにおける自発性腫瘍に適用する。これらのモデルにおけるセリンとグリシン制限食の後での生存期間の延長は、抗酸化反応を打ち消すことによってさらに改善した。ビグアニド系の薬剤を用いてミトコンドリアの酸化的リン酸化を止めると、セリンとグリシンを枯渇させることによる抗腫瘍効果を改善する場合と阻害する場合があるという複雑な反応を誘導した。特に、Kras誘導性の膵臓癌のモデルマウスと腸管腫瘍のモデルマウスでは、セリン合成経路の一部である酵素の発現増加とそれに従ったde novoのセリン合成が促進されることを反映し、セリンとグリシンの枯渇への反応性が低下した。
コメント
正常な細胞ではセリンとグリシンを合成できるが、一般的な癌細胞では合成できないということを利用し、セリン&グリシン制限食で抗腫瘍効果を得ることを目的としている。しかし論文中に示されているように、効果が得られる場合と得られない場合がある。食事療法は取り掛かりやすい治療法ではあるが、正しい知識を持っておくことが重要である。
2017.05
ヒト-マウスキメラ抗ヒトポドプラニン抗体の抗腫瘍効果
Antitumor activity of chLpMab-2, a human–mouse chimeric cancer-specific antihuman podoplanin antibody, via antibody-dependent cellular cytotoxicity.
Kaneko MK, Yamada S, Nakamura T, et al. Cancer Med. 2017;6(4):768-777.
血小板凝集を誘導する膜貫通型糖タンパク質であるヒトポドプラニン(hPDPN)は様々なタイプの腫瘍に発現しており、C型レクチン様受容体2(CLEC-2)と結合する。hPDPNの過剰発現は浸潤や転移と関係している。NZ-1といった抗hPDPNモノクローナル抗体(mAbs)はhPDPNの血小板凝集刺激(PDPN)ドメインに結合することで抗腫瘍活性や抗転移活性を示す。近年、我々はがん特異的mAb(CasMab)技術を用いて、新しい種類のマウス抗hPDPN mAbであるLpMab-2を作製した。この研究において、我々はLpMab-2由来のヒト-マウスキメラ抗hPDPN抗体であるchLpMab-2を作製した。chLpMab-2はフコース転移酵素8ノックアウトチャイニーズハムスターの卵巣細胞株を用いて作製した。
フローサイトメトリーにより、chLpMab-2は膠芽細胞腫、中皮腫、肺がんなどのがん細胞株に発現しているhPDPNと反応したことを示した。しかし、chLpMab-2はリンパ管内皮細胞や腎臓上皮細胞といった正常細胞株とは反応性が低かった。さらに、chLpMab-2はPDPN発現細胞に対して、低い補体依存性傷害性にもかかわらず高い抗体依存性細胞傷害性(ADCC)を示した。その上、chLpMab-2による処置はCHO/hPDPNの異種移植モデルにおける腫瘍成長を抑制した。これは、chLpMab-2がADCCにより腫瘍の成長を抑制したことを示す。
腫瘍に発現しているhPDPNに対する抗体による新しい治療にchLpMab-2は有効な可能性が考えられる。
コメント
近年注目されている抗体医薬による、抗腫瘍効果と安全性を評価した論文。臨床応用へと進む過程で、獣医療にも適用できるのかどうかが気になるところである。
2017.05
犬の脾臓(血管肉腫、結節性過形成、正常)由来のmicroRNA発現
A comparison of microRNA expression profiles from splenic hemangiosarcoma,splenic nodular hyperplasia, and normal spleens of dogs.
Grimes JA, Prasad N, Levy S, et al. BMC Vet Res. 2016;12(1):272.
背景:脾臓腫瘤は老齢の犬でよく見られる。しかし、脾臓摘出術や病理診断に先立つ診断は未だ確立されていない。microRNA(miRNA)は、短く遺伝子の転写後発現調節をする役割をもつ非翻訳領域のRNAであり、正常な脾臓と腫瘤をもつ脾臓のmiRNAの発現の違いは腫瘍性疾患の診断に有用であるとされている。この研究の目的は、組織学的に血管肉腫または結節性過形成、正常であると確定された犬の脾臓を用いて、RNA-sequencingを用いることによって、miRNAの発現の違いを評価することである。
結果:22種類のmiRNAが、血管肉腫のサンプルにおいて他と異なる発現を示すことがわかった(4サンプルは血管肉腫と結節性過形成・正常の両方をもつ脾臓との比較、18サンプルは血管肉腫と正常な脾臓のみでの比較)。特に、mir-26a, mir-126, mir-139, mir-140, mir-150, mir-203, mir-424, mir-503, mir-505, mir-542,mir-30e, mir-33b, mir-365, mir-758, mir-22, mir-452は、血管肉腫の発病に関与している。
結論:この研究結果によって、miRNAの発現が血管肉腫、結節性過形成、正常とで異なるという仮説が証明された。異なって発現されるmiRNAの多くは、血管形成に関わっている。また血管疾患のプロセスで異常調節となるmiRNAも存在する。その他2つのmiRNAは、PTENや細胞サイクルのチェックポイントなどのように癌の進行に関与していると考えられてきた。血管形成や血管疾患に関わる多くのmiRNAを発見することは重要である。なぜなら、血管肉腫は内皮細胞の腫瘍であり、それは血管新生の刺激によって引き起こされるからである。この研究によってmiRNAの異常調節が犬脾臓血管肉腫の発生において潜在的に働くということが明らかとなった。
コメント
診断および治療の両方において、microRNAに対する期待が高まっている。特に脾臓の血管肉腫は予後が非常に悪いため、超・早期診断や革新的な治療法が開発されればぜひとも利用したい。