Journal Club 201808

腫瘍科で行っているJournal Clubの要約を掲載いたします。内容の詳細につきましては原著論文をご参照ください。

2018.08

犬乳腺腫瘍細胞株のトセラニブが標的とするタンパク発現と効果

PDGFR-α, PDGFR-β, VEGFR-2 and CD117 expression in canine mammary tumours and evaluation of the in vitro effects of toceranib phosphate in neoplastic mammary cell lines.

Gattino F, Maniscalco L, Lussich S, et al. Vet Rec. 2018;183(7):221.

乳腺腫瘍(CMTs)は雌犬で最も一般的な悪性腫瘍の1つである。血小板由来成長因子受容体 (PDGFR) αおよびβ、血管内皮細胞増殖因子受容体-2 (VEGFR-2)、CD117は様々な種類の腫瘍に存在するチロシンキナーゼ受容体であり、トセラニブのようなある種の治療薬が標的とする。本研究の目的は、これらの受容体の発現をみてCMTsの病態や進行との関連を評価することである。CMTs症例におけるPDGFRα,PDGFRβ,VEGFR-2,CD117の発現はそれぞれ46/83 (55.4%), 33/83 (39.8%), 46/83 (55.4%), 32/83 (38.5%) だった。免疫組織化学染色の結果では、複合/混合癌に比べて単純癌でPDGFRαとPDGFRβの発現が有意に低下していた。ウエスタンブロットで確認したタンパク発現は、PDGFRα,VEGFR-2に特異的なバンドがそれぞれ3/7,1/7の細胞株で認められた。さらにin vitro実験ではトセラニブを加えることで1種類の犬乳腺腫瘍細胞株の細胞増殖活性を1週毎に低下させた。TKR阻害薬が乳腺腫瘍の治療の選択肢となる可能性が示唆され今後の更なる検討が必要である。

コメント

犬の乳腺腫瘍は外科手術が第一選択となるため、トセラニブなどの抗がん剤は主に転移病巣に対する治療戦略となる。本研究でも一部示されているように、原発巣と転移巣とでは細胞の性質が異なっている可能性があるため、転移細胞を標的としたさらなる研究に期待したい。個人的にはあまり奏効する印象がなかったが、組織型により発現パターンが異なるとのことで症例選択も重要になるかと思われる。

2018.08

犬血管肉腫細胞株に対するレスベラトロールの効果

Anticancer effects of resveratrol in canine hemangiosarcoma cell lines.

Carlson A, Alderete KS, Grant MKO, et al. Vet Comp Oncol. 2018;16(2):253-261.

血管肉腫(HSA)は攻撃性の高い生物学的挙動を示す、悪性度の極めて高い腫瘍である。 HSAは他の飼育動物と比べ、犬での発生が多い。HSAの犬の生存期間の中央値は化学療法と外科手術をしたとしても短い。 それゆえ、HSAの犬の予後を改善させるために術後の化学療法の向上が必要とされている。レスベラトロールは人のがん細胞株で強い増殖抑制効果とアポトーシス誘導効果を持つことが証明されている。しかし、犬のHSAにおけるレスベラトロールの潜在的抗腫瘍効果は報告されていない。 この研究の目的は、HSA細胞株において、レスベラトロールの単独使用または通常の化学療法で用いられているドキソルビシンとの併用による増殖阻害効果を証明することである。犬のHSA細胞株であるFrogとDD-1は、ドキソルビシン存在下または非存在下で様々な濃度のレスベラトロールで処置された。細胞生存率はMTTアッセイで測定した。 アポトーシスタンパクの発現、p38 mitogen-activated protein kinase(MAPK)の発現、AMP-activated protein kinase(AMPK)、extracellular signal-regulated kinase 1/2 (ERK1/2)はウエスタンブロットで評価した。人のがん細胞株と類似して、レスベラトロールは両HSA細胞株でも顕著な細胞増殖阻害とアポトーシス誘導がみられた。 機構的にレスベラトロールはp38MAPKは活性化するが、AMPKとERK1/2の経路には影響しなかった。追加の実験でレスベラトロールは両HSA細胞においてドキソルビシンの増殖阻害効果とアポトーシス効果を増強することが示された。これらの知見は、レスベラトロールは犬のHSAでアポトーシス作用があることを示唆している。 これにより、犬のHSAの潜在的術後治療としてのレスベラトロールの使用のさらなる調査が正当化された。

コメント

レスベラトロールという赤ワインやブドウなどに含まれるポリフェノール化合物が、犬の血管肉腫細胞にアポトーシスを誘導することで抗腫瘍効果を示したという論文。国内では医薬品という形ではまだ手に入らないものの試薬やサプリメントという形では販売されており、近年注目を集めているようである。ただこういった報告で注意が必要なのは、だからといってただワインを飲んだりブドウを食べたりするだけではおそらく効果がないということである。腫瘍制御を得るのに必要な摂取量はおそらくかなり多いものと予想される。

2018.08

ソラフェニブによるフェロトーシス誘導

Sorafenib induces ferroptosis in human cancer cell lines originating from different solid tumors.

Lachaier E, Christophe C, Godin C, et al. Anticancer Res. 2014;34(11):6417-6422.

背景:ferroptosisは、化学誘引物質エラスチンをもつがん細胞で実験的に誘発されうる制御された壊死の形であると最近確認された。近年では、我々はソラフェニブ(発癌性キナーゼの抑制剤)が肝細胞癌の細胞でferroptosisの誘発物であると特定した。ソラフェニブが他の組織から転移したがん細胞でその働きができるかどうかは、今のところわかっていない。
材料と方法:我々は、いろいろな組織から始まっている10個の人間の細胞系パネルで、合成エラスチンによって誘発されるferroptosisと、ソラフェニブによって誘発されるferroptosisのレベルを比較した。
結果:ソラフェニブは、異なるがん細胞系でferroptosisを誘発した。我々は、ソラフェニブのferroptosis的な効力とエラスチンの間で正の相関を見つけた。他のキナーゼ抑制剤と比較して、ソラフェニブは、ferroptosis的な有効性を示す唯一の薬である。
結論:これらの調査結果により、ソラフェニブが ferroptosisを誘発することができる最初の臨床的に承認された抗がん剤として確立された。

コメント

細胞株ごとにソラフェニブの感受性が異なっていたのは、がん細胞の種類によって、鉄の蓄積のしやすさや、シスチングルタミン酸輸送体の発現量などが異なっているためかもしれない。したがって、今後がん細胞株ごとの鉄含有量やシスチングルタミン酸輸送体発現量とferroptosis誘導率との間で相関関係を調べてみるのは良い方法かもしれない。
今回の論文ではヒト用の分子標的薬に着目していたが、ソラフェニブと作用機序が類似しているトセラニブでもソラフェニブと同じようにferroptosis誘導が起こっている可能性も考えられる。

2018.08

犬の前立腺癌における転帰と予後因子

Outcome and prognostic factors in medically treated canine prostatic carcinomas: A multi-institutional study.

Ravicini S, Baines SJ, Taylor A, et al. Vet Comp Oncol. 2018 May 27. doi: 10.1111/vco.12400. [Epub ahead of print]

犬の前立腺癌(PC)に対する内科療法について記載した文献はほとんどない。本研究の目的は、非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)や化学療法で治療したPC罹患犬における無増悪期間(TTP)や生存期間中央値(MST)などの転帰を評価することであった。細胞学的・組織学的にPCと診断され、膀胱浸潤していない症例が8施設から集められ、67症例が組み入れられた。臨床症状は泌尿器(25)、消化器([GI], 11)、全身性(3);16例はGIと泌尿器、7例はGIもしくは泌尿器症状を伴う全身性症状であり、5例は腫瘍が偶発的に発見された。27例のうち9例(33%)は尿培養陽性であった。転移は26例で認められ、リンパ節(19)、肺(10)、骨(2)、肝臓(1)であった。治療にはNSAIDsと化学療法が含まれ(32)、NSAIDs単独(31)と化学療法単独(4)であった。全体のMSTは82日(9-752日)、TTP中央値は63日(9-752日)であった。NSAIDsと化学療法を併用した症例では、NSAIDs単独治療の症例よりもMST(106 vs 51日;P = .035)とTTP(76 vs 44日;P = .02)が有意に延長した。未去勢犬と転移を伴う未去勢犬ではMST(それぞれ31 vs 90日、P = .018、49 vs 109日、P = .037)が有意に短縮した;未去勢犬ではTTPも有意に短縮した(25 vs 63日、P = .0003)。本研究はNSAIDsと化学療法の併用がPC罹患犬の予後を改善させる可能性を示唆している。転移陽性犬と未去勢犬は予後に負の影響をおよぼした。

コメント

前立腺癌は以前より予後が極めて悪い腫瘍と認識されてきた。この文献もその認識を大きく覆すものではないが、一部の症例ではやや生存期間が延長するデータも示されている。転移率が比較的高いことも報告されており、最終的な死因(尿閉なのか転移なのか)についての解析がされていればより有用だったと思う。