Journal Club 201910
腫瘍科で行っているJournal Clubの要約を掲載いたします。内容の詳細につきましては原著論文をご参照ください。
2019.10
犬の高グレード肥満細胞腫の局所リンパ節は治療対象とすべきか
Treating the locoregional lymph nodes with radiation and/or surgery significantly improves outcome in dogs with high-grade mast cell tumors.
Mendez SE, Drobatz KJ, Duda LE, et al. Vet Comp Oncol. 2019 Sep 11. doi: 10.1111/vco.12541. [Epub ahead of print]
高悪性度の犬の肥満細胞腫(HG-MCT)は局所再発率が高い。本研究では、放射線治療(RT)が実施されたHG-MCTの犬を後ろ向きに評価し、局所リンパ節の治療に関連する利点を決定した。42例の犬が含まれた。全生存期間(OS)および無増悪生存期間(PFS)との関連について評価される変数として、WHOの病期分類、腫瘍の位置および大きさ、リンパ節へのRT(予防的、治療的、またはなし)、リンパ節治療の有無、放射線治療時のリンパ節転移の有無、RTのプロトコル(根治的もしくは緩和的)が含まれた。RT時の病期分類が低いほど、PFSの延長(ステージ0対1−4では425日vs.125日)およびOSの延長(ステージ0対1−4では615vs.314日)と有意に関連していた。リンパ節の治療と根治的照射の両方は、OSの延長と有意に関連していた。所属リンパ節に対するRTの役割を評価するために、犬をサブグループに分割した:A) リンパ節治療未実施のRT時ステージ0(n = 14)、B) 予防的にリンパ節に対してRTを実施した,RT時ステージ0(n = 6)、C) もともとステージ2だったRT時ステージ0(n = 5)、およびD) RT時ステージ>0(n = 17)。予防的なリンパ節へのRTはPFSを有意に延長した(>2381vs. 197日Group B vs. A)。興味深いことに、ステージ2でリンパ節治療を受けた犬(Group C)は、リンパ節への転移陰性でリンパ節治療を受けていない犬(Group A)よりもOSが延長した(1908vs.284日、p = 0.012)。この研究は、HG-MCTの犬における予防的および治療的RTが有益であり、結果を改善させることを明らかにした。
コメント
肥満細胞腫において,転移陽性の所属リンパ節を治療対象に含めることの有効性が最近示され始めている。本研究では高グレードの肥満細胞腫に症例を絞った上で解析を行っており,それでも局所リンパ節を含めた局所治療が予後を有意に改善させることが明らかとなった。この論文が示すことは,高グレード肥満細胞腫の症例でリンパ節転移が認められているからといって(リンパ節転移が陰性であっても),抗がん剤治療を行うだけでなくリンパ節に対しても手術や放射線治療などの積極的な局所治療を行うべきである,ということである。ただし重要なことは,所属リンパ節をしっかりと同定した上で治療を行うことであろう。
2019.10
犬と猫におけるARDSのリスク因子,特徴,転帰は
Risk factors, characteristics, and outcomes of acute respiratory distress syndrome in dogs and cats: 54 cases.
Boiron L, Hopper K, Borchers A. J Vet Emerg Ctit Care (San Antonio). 2019;29(2):173-179.
目的:犬、猫の急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の臨床症状、危険因子、予後について調査をすること。
研究デザイン:回顧的研究
動物:ARDSの臨床基準を満たしている,または剖検によりARDSと診断された54症例(犬46、猫8)。
結果:ARDSの臨床基準を満たした症例をグループ1(43/54;80%)、剖検のみでARDSと診断した症例をグループ2(11/54;20%)に分類。グループ1のうち22/43(51%)が剖検を行い、そのうち12/22でARDSと診断された。ARDSの直接原因(肺に起因)は犬で一般的であり、猫では直接的原因、間接的原因が認められた。犬の一般的な原因は誤嚥性肺炎(42%)、全身性炎症反応症候群(SIRS)(29%)、ショックで(29%)であった。臨床的にARDSと診断された猫の全てにおいて敗血症の有無に関わらずにSIRSを呈していた。臨床基準でARDSの診断を受けた症例の49%がベンチレーターにより管理され、58%の症例が人工呼吸器使用の有無に関わらず24時間以上の治療を受けた。全体の致死率は犬で84%、猫で100%であった。
結論と臨床的意義:人医療で示されているように,犬においてもARDSの最も多い原因は肺炎であった。一方で猫ではSIRSであった。高い死亡率、そして臨床診断と剖検所見の不一致は犬猫のARDSの臨床診断基準と治療の限界を浮き彫りにした。
コメント
本研究の示す通り、ARDSを臨床的に判断することは難しいと考えられ,内科治療による反応から判断する以外方法がないものと思われる。人医療では薬による決まった治療方法はなく、人工呼吸器の管理により生存率が上昇するものと考えられている。獣医療においても人工呼吸器による管理の行いやすいと思われるが、それ以外に観血的な血圧や血液ガスの測定が重要でありそれらの設備や技術、人手などの確保が実際は困難であり、現段階で生存率を上げることは難しいかもしれない。DICと同じようにARDSの状況を作る基礎疾患の防止が重要と思われ、特に犬では誤嚥性肺炎が主な原因であるため、麻酔時や手術時のルーチンでの制吐剤の投与なども検討しても良いと思われた。またS/F値が動物で使用できるかもしれないということであったが、臨床現場でパルスオキシメーターが実際に測定できている(特に覚醒下)と判断できるかは疑問である。
2019.10
人の膵癌におけるmicro-RNA634の役割は
MicroRNA-634 functions as a tumor suppressor in pancreatic cancer via directly targeting heat shock-related 70-kDa protein 2.
Chen D, Wu X, Zhao J, et al. Exp Ther Med. 2019;17(5):3949-3956.
膵臓癌(PC)はヒトで発生する悪性腫瘍の一つであり、極めて予後が悪い。microRNA(miR)は膵管腺癌(PDAC)の進行に重要な役割を果たすと報告されている。miRの発現パターンと機能を解明することでPC患者の新規診断および治療戦略を確立するかもしれない。特にmiR-634はある種の癌における生物学的挙動を調節する重要な因子として注目されている。しかしPCにおける発現パターン、生物学的機能、分子生物学的機構は不明である。本研究結果から、PC細胞株および組織においてmiR-634は有意にダウンレギュレーションしていることが明らかとなった。特にPC細胞株に対して外因性にmiR-634を過剰発現すると細胞増殖抑制効果が得られ、逆にmiR-634をサイレンシングすると細胞増殖活性が増加した。定量RT-PCR、ウエスタンブロット 、Dual luciferase assayの結果からmiR-634は熱ショック関連70kDaタンパク質(heat shock-related 70kDa protein 2)(HSPA2)の3’非翻訳領域に結合することで、このタンパク発現を調節していることがわかった。PCの臨床サンプルではHSPA2が過剰発現しており、miR-634の発現量はHSPAの発現量と負の相関を示した。レスキュー実験ではHSPA2を過剰発現することでmiR-634の生物学的機能効果が部分的に欠失した。結論として、miR-634はHSPA2を標的とすることでPCの進行を調節するがん抑制因子であり、PCの新規治療標的となりうる。
コメント
HSPA2を含むHSP70-2ファミリーは脳・精巣の細胞質または核内で組織特異的に発現するらしい。miR-634はグリオーマにおいてCYR61を標的とすると報告されているが、HSPA2もマルチターゲットの一角を担っているのかもしれない。しかしながらmiR-634単体では細胞質内移行のためのDDSやRNaseへの耐性の観点から、Vitroでみられたような抗腫瘍効果をvivoで十分に得られないかもしれない。miR-634の局所投与はCDDPや5-FUの抗がん作用を増強することが報告されているため、こちらの効果についても興味がある。