診療麻酔管理
麻酔には「鎮静」、「鎮痛」、「筋弛緩」、「有害反射の抑制」という4つの要素があります。単一の麻酔薬で麻酔を実施することは不可能ではありませんが、使用する薬の量が増えることにより、低血圧などの副作用が生じます。
そのため、作用を最大限かつ副作用を最小限にして麻酔の要素を達成するため、複数の薬剤や麻酔方法を組み合わせて麻酔を実施します。これを「バランス麻酔」と言い、この概念に基づいて麻酔計画を立案します。
当院の麻酔科では、動物たちの不安や痛みを取り除けるよう、様々な試みを実施しております。
麻酔の種類
吸入麻酔
気化器を使って液状の麻酔薬をガス状にし、吸入させる麻酔方法です。イソフルランやセボフルランを使用します。
静脈麻酔
静脈に麻酔薬を投与する麻酔方法です。単回投与の場合と、持続投与の場合があります。プロポフォールやアルファキサロンを使用します。
局所麻酔
鎮痛のために行われ、表面・浸潤麻酔、神経ブロック、硬膜外麻酔があります。局所麻酔を行うことで、全身に投与する麻酔薬や鎮痛薬の量を抑えることができます。
麻酔管理
1.麻酔導入
必要に応じて鎮静薬などの麻酔前投薬を投与し、注射麻酔薬を静脈注射した後、動物の意識がなくなってから気道を確保するための気管チューブを挿管します。
※あまりにも暴れて静脈注射ができない場合は、吸入麻酔による麻酔導入を行うことがあります。
動物が眠った後で、術野の毛刈り・消毒、血圧を測定するための動脈カテーテルの留置や、尿道カテーテルの留置を行います。この際、必要に応じて局所麻酔を実施します。
当院では、 麻酔中の嘔吐予防のために制吐剤を投与し、万が一嘔吐した場合でも悪影響を軽減するため、制酸剤の投与も行っております。
観血的血圧測定
動脈にカテーテルを留置することで、血圧を連続して測定することができます。
足背動脈や尾動脈に留置しますが、他の部位に留置することもあります。
2.麻酔維持
麻酔導入後、吸入麻酔薬もしくは注射麻酔薬を用いて全身麻酔を維持します。
麻酔中は心電図、血圧、脈拍数、呼吸数、血中酸素飽和度、呼気中の二酸化炭素濃度、体温、尿量および筋弛緩レベルなどを麻酔科獣医師が監視し、記録します。必要に応じて、昇圧剤などの処置を施します。
循環
心電図、血圧、脈拍数および脈圧変動をモニタリングし、許容範囲を超えた変化がみられた場合、その原因を推測し、それに合わせた処置を行います。
- 吸入麻酔薬による血圧低下→吸入麻酔薬の減量・昇圧剤
- 手術操作による脈拍および血圧の上昇→鎮痛薬
- 徐脈性低血圧→抗コリン薬
- 循環血液量不足による低血圧→輸液の増量、輸血
呼吸
SpO2、呼気中二酸化炭素分圧(EtCO2)や換気量などをモニタリングします。
自発呼吸での管理が難しい場合は人工呼吸器で管理します。
体温
食道あるいは直腸内に体温プローブを挿入し、体温を測定します。
温風式加温装置を使用し、体温を調節します。
尿量
尿道カテーテルから採尿し、尿量をモニタリングします。尿量は体液循環の結果であり、他のバイタルサインと照らし合わせ、輸液量の調節や循環管理の見直しなどを行います。
筋弛緩
手術内容によっては筋弛緩薬を投与します。筋弛緩薬は、投与量によっては呼吸筋を抑制するため、人工呼吸器を使用します。
筋弛緩薬はボーラス投与を行う場合と持続定量点滴を行う場合があります。筋弛緩モニターを用いて筋弛緩の程度をモニタリングし、投与量の調節を行います。
手術後、筋弛緩薬の拮抗薬を投与して覚醒に備えます。
緊急対応
大量出血が予想される症例では、手術前に輸血用血液を用意しておくことや、手術中に供血動物から採血を行うこともあります。
心停止時の対応に必要な薬剤もすぐに準備できるようにしています。
当麻酔科で使用している、他、麻酔器、モニター
3.覚醒
まず、人工呼吸器を使用していた場合、自発呼吸で十分な酸素化、換気が行えることを確認します。必要であれば血液ガス測定を行うこともあります。
全身麻酔を終了し、自発呼吸で酸素化および換気に問題がないことを確認し、気管チューブを抜管します。短頭種の場合には、気管チューブを嫌がるようになるまで挿管しておくこともあります。抜管後の呼吸状態によっては、再挿管が必要になったり、酸素室に入院することがあります。
覚醒が遅延していれば、その要因を推察し、それに合わせた対処を行います。
低体温 | 積極的な加温 |
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鎮静薬の影響 | 拮抗薬の投与 |
帰室後の様子を観察し、体温が低ければ加温、痛がる様子であれば鎮痛薬の追加投与、過度の興奮があれば鎮静薬を使用し、手術後に痛みがなく快適に過ごせるよう、疼痛の程度を評価しながら、術後疼痛管理を行います。
麻酔の偶発症・合併症
麻酔を実施する際には、動物の身体には様々な負担がかかります。
麻酔中に起こり得る主な偶発症・合併症には、以下が挙げられます。
- 体温プローブを挿入した際の気管迷入、食道損傷、直腸損傷
- 尿道カテーテル挿入による出血、尿路感染
- 動脈穿刺による血管損傷、大量出血、神経損傷
- 喉頭鏡・スタイレットなどの器具による歯や口腔粘膜の損傷、声帯・気管損傷
- 麻酔時の嘔吐による誤嚥性肺炎
- 肺血栓、それに伴う呼吸困難や心肺停止
- 薬に対するアナフィラキシーショック
- 麻酔薬による悪性高熱
稀な遺伝性疾患であり、重篤な状態に陥ることもあります。 - 気管挿管後の嗄声
- 術後低体温およびシバリング(震え)
- 不穏、覚醒後の興奮
※興奮した際に手術の傷口が開くことがあるため、必要に応じて鎮静薬を使用します。 - 硬膜外穿刺における硬膜外血腫・膿瘍
硬膜外に血腫(血のかたまり)や細菌感染による膿瘍(膿のかたまり)が形成され、神経を圧迫して感覚や運動に麻痺が生じることがあります。