診断・治療 末梢神経・神経筋接合部、筋の疾患

1.ニューロパチー

神経系は、中枢神経系(脳・脊髄)と末梢神経系(脳・脊髄から枝分かれした細かな神経)の2つに大別できます。ニューロパチーは末梢神経疾患の総称で、原因によって以下のように分類することができます。

外傷性ニューロパチー 交通事故等による物理的な末梢神経損傷に起因
代謝性ニューロパチー 糖尿病や甲状腺機能低下症などによる全身の代謝異常に起因
感染性ニューロパチー Toxoplasma gondiiやNeospora caninumなどの感染に起因
炎症性ニューロパチー 非感染性の免疫介在性炎症に起因
腫瘍性ニューロパチー 腫瘍による直接的障害もしくは全身性腫瘍性疾患による間接的障害に起因
中毒性ニューロパチー 重金属、化学療法剤または除草剤等による中毒に起因
変性性ニューロパチー
(特発性ニューロパチー)
原因不明の原発性の末梢神経障害

ニューロパチーの症状

障害を受けている末梢神経の部位により、症状は異なります。
末梢神経の中でも、感覚神経に障害が生じると、しびれや痛みが生じます。また、運動神経に障害が生じると、筋力の低下や筋萎縮が認められます。

ニューロパチーの診断

症状からニューロパチーを疑った場合には、中枢神経系には異常がなく、末梢神経の機能異常が起こっていることを確認し、ニューロパチーの原因を特定する必要があります。中枢神経系はMRIやCT検査により評価します。また、末梢神経の機能的異常の有無は、神経学的検査および電気生理学的検査により判断します。ニューロパチーが起こっていることが明らかとなれば、つづいては原因の特定のために、血液化学検査、内分泌検査、超音波検査および抗体価検査等を実施し、原因となる疾患が隠れていないかどうかを確認します。また、末梢神経の生検を実施することもあります。

 

ニューロパチーの治療

代謝性疾患、感染性疾患および腫瘍性疾患では、原発疾患の治療により、末梢神経機能を改善できることがあります。外傷性疾患および中毒性疾患では、末梢神経に対して重度な損傷が加わっていなければ、末梢神経は再生する可能性があるため、理学療法(リハビリ)を実施し末梢神経再生を促します。変性性疾患では確立された治療法はありませんが、なるべく末梢神経機能を保持するために理学療法を実施します。炎症性疾患(免疫介在性炎症)の場合には、免疫抑制剤の投与により炎症を抑えます。

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2.重症筋無力症

重症筋無力症では、末梢神経と筋肉のつなぎ目である、神経筋接合部が障害されます。この疾患には先天性と後天性の2つのタイプがあります。先天性は、神経筋接合部のアセチルコリン受容体の欠損や異常により起こります。後天性は、アセチルコリン受容体に対する抗体が産生され、受容体の機能が低下することで起こります。重症筋無力症のほとんどが後天性です。後天性重症筋無力症では、様々な腫瘍(胸腺腫、胆管癌、骨肉腫等)に続発して発生することもあれば、原因が不明である場合もあります。後天性重症筋無力症であると診断された場合には、原因となるような腫瘍が存在していないかどうか確認することが重要です。

重症筋無力症の症状

重症筋無力症の症状として重要なのが、運動不耐性と吐出です。
重症筋無力症になると、運動誘発による筋力低下(運動不耐性)が認められます。歩きはじめは問題ないのですが、運動を継続すると徐々に症状が顕在化し、その場で座り込んでしまいます。ただ、四肢のふらつきが持続的に認められる症例もいるので、一概にはいえません。
また、重症筋無力症により食道筋に異常が生じることが多く、うまく食道を食物が通過できなくなることがあります。そうすると、食べた後すぐに吐き戻してしまう(吐出)ことがあります。また、吐出を繰り返すことで、誤嚥性肺炎を起こし、呼吸状態に異常が現れることがあります。

重症筋無力症の診断

典型的な四肢の運動不耐性の症状が認められる場合には、テンシロンテストを実施します。テンシロンテストに使用するのは、短時間作用型のコリンエステラーゼ阻害薬で、一時的に神経筋接合部の機能を高めます。この薬剤により筋力の回復が認められれば、重症筋無力症の可能性が高いと考えられます。また、電気生理学的検査のひとつである反復刺激検査を実施することがあります。重症筋無力症の場合、検査により神経筋接合部に負荷をかけると、筋活動の減衰反応が認められることがあります。
後天性重症筋無力症は、アセチルコリン受容体に対する抗体が血中から検出されれば、確定診断することができます。ただし、この抗体の測定では、先天性重症筋無力症は診断できません。先天性重症筋無力症の確定診断には、筋生検が必要です。
また、予後を判断する上では、X線撮影等で食道拡張とそれに伴う誤嚥性肺炎の有無を評価することも重要です。様々な腫瘍(胸腺腫、胆管癌、骨肉腫等)に続発することがあるので、同時に腫瘍の有無を調べます。

重症筋無力症の治療

神経筋接合部におけるアセチルコリンの作用を増強させるため、コリンエステラーゼ阻害薬を投与します。腫瘍が原因である後天性重症筋無力症では、その腫瘍を治療する必要があります。後天性重症筋無力症の場合には、アセチルコリン受容体に対する抗体産生を抑制するため、免疫抑制剤を使用することがあります。ただし、免疫抑制剤を使用する際には、巨大食道症により誤嚥性肺炎が起こっていないかどうか確認した上で、慎重に投与します。
重症筋無力症により食道筋に異常がある場合には、食事の際飲み込みを助けるために両後肢で起立させた状態で給餌する、もしくは胃瘻チューブの設置をするなど食事面のケアも必要です。

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3. 筋炎

筋炎とは、筋肉の炎症を起こす疾患の総称です。感染性の筋炎と、非感染性筋炎に大別できます。感染性筋炎は、Toxoplasma gondiiやNeospora caninumといった原虫や猫免疫不全ウイルス、レプトスピラ等の細菌感染に起因することが知られています。一方、非感染性筋炎は自己免疫異常が主な原因と考えられています。

筋炎の症状

筋炎が起こると、罹患筋の疼痛、筋肉の萎縮が認められます。
全身の筋肉に炎症が起こる多発性筋炎では、全身的な筋力低下が認められ、同時に食道の拡張を呈することもあります。咀嚼筋筋炎では、急性期には側頭筋や咬筋の一時的な肥大と疼痛による開口障害が認められます。慢性期になると、筋萎縮により頭部のツノ(標識点)が明瞭になります。また、外眼筋炎では両側性の眼球突出が起こり、正常な眼球運動ができなくなります。

筋炎の診断

筋肉の破壊により、血液化学検査においてクレアチニンキナーゼの上昇が認められます。また、血中の炎症マーカーの上昇が起こります。
筋炎が疑われた場合、感染性筋炎の可能性を考慮し、原因となる感染症の有無を調べる必要があります。また、非感染性筋炎のうち咀嚼筋筋炎においては血中2M抗体の上昇が起こることが分かっているので、抗体価検査を実施します。筋電図検査は、筋肉の異常な過活動を検出できることから、罹患筋の特定に有用です。罹患筋を生検し、組織学的に筋炎を証明し、その原因を調べることもあります。

筋炎の治療

感染性筋炎の場合は、原因となる病原体に対する治療を実施します。非感染性筋炎の場合は、多くは自己免疫異常が原因と考えられることから、免疫抑制療法により炎症を抑える必要があります。

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4.電気生理学的検査

当院では、電気生理学的検査の中でも誘発電位検査および針筋電図検査を実施しています。

誘発電位検査

神経系は、『中枢神経系』と『末梢神経系』に区別できます。『中枢神経系』は脳や脊髄のことを指し、『末梢神経系』は脳や脊髄から出て全身に張り巡らされている細かい神経を指します。

中枢神経系はMRIやCTで描出できますが、末梢神経系は描出できないため、これらの画像診断法により末梢神経に病変があるかどうか判断することは困難です。誘発電位検査では四肢の神経を電気刺激し、運動神経および感覚神経に刺激が伝わる速度・大きさ、持続時間を測定します。誘発電位検査では神経系の機能を調べることができるため、特に末梢神経系の疾患かどうかを判断するのに非常に有用な検査です。

また、誘発電位検査で中枢神経系の機能を測定することができます。脊髄の手術中に脊髄機能をモニタリングすることで、脊髄障害の程度をリアルタイムに評価できるため、手術範囲の決定に役立ちます。

さらに、誘発電位検査の一つである反復刺激試験を実施することで、末梢神経系と筋肉のつなぎ目である神経筋接合部の機能を評価することもできます。重症筋無力症などの神経筋接合部疾患を診断するのに重要です。

針筋電図検査

細い針電極を筋肉に刺して電気活動を記録する検査です。針筋電図により異常な波形を検出することで、筋障害の有無および局在を知ることができます。また、末梢神経障害が起こった場合にも針筋電図検査に異常が出現するため、障害されている神経の特定することができます。障害されている筋肉や神経が特定できた場合には、その筋肉や神経の一部を採取して病理組織学的検査を実施します。(※ 詳細は筋生検および神経生検を参照)

検査の流れ

  1. 麻酔前評価:麻酔リスクを評価します。電気生理学的検査では,皮膚に針を何回か刺すことになりますので、血液凝固系についても調べる場合があります。
  2. 麻酔:不動化するため全身麻酔を行います。
  3. 検査:四肢の四端や頭部に丸い電極を装着します。その後、四肢の神経付近に針を刺して電気刺激を与えます。検査中は麻酔にかかっているため、電気刺激を与えても痛みは感じません。また、検査後に痛みが残ることもありません。

特に問題がなければ検査当日に帰宅できます。

筋生検/神経生検

筋肉や末梢神経の一部を採取し、筋肉や末梢神経の形態的な異常や筋肉の酵素活性などを調べます。筋疾患や末梢神経疾患が疑われるものの、一般身体検査や血液検査、電気生理学的検査などの補助検査で診断がつかない場合に実施されます。筋疾患および末梢神経疾患を確定診断するために極めて重要な検査です。

検査の流れ

  1. 麻酔前評価:麻酔リスクを評価します。生検の際に出血するため、血液凝固系についても調べます。
  2. 麻酔:不動化するため全身麻酔を行います。
  3. 検査:皮膚を3-4 cm程度切開し、筋肉および神経を採取します。採取した筋肉および神経は外部検査機関に検査を依頼します。結果が出るまでは数日から数週間ほどかかります。

特に問題がなければ検査当日に帰宅できます。検査後数日の間は、抗生剤や鎮痛薬の投与が必要になることがあります。