内視鏡を用いて行う脊椎の手術は、使用する装置の違いにより大きく2つに分けられます。1つ目は直径6mm程度の内視鏡を筋肉に刺入し、内視鏡の中に器具を挿入して行う完全内視鏡下脊椎手術と呼ばれる手術であり、FESS(Full-Endoscopic Spine Surgery)と呼ばれています(以前はPED: Percutaneous Endoscopic Discectomyとも呼ばれていました)(下図左)。2つ目は、直径1.5〜2cmの円柱状の開創器(チューブラーリトラクター)を筋肉に刺入し、その中に内視鏡を設置し、残りのスペースから器具を挿入して手術操作をする脊椎内視鏡手術です(下図中央)。この手術はさらに内視鏡下椎間板切除術(MED;Microendoscopic discectomy)と内視鏡下椎弓切除術(MEL;Microendoscopic laminectomy)に分けられます。いずれの手術法も通常の切開手術(下図右)のような広範囲な筋肉の剥離が必要ないため、筋組織の温存が可能であり、これが脊椎内視鏡手術の最大のメリットです。
一方、脊椎内視鏡のデメリットもいくつか存在します。まずは、通常の切開手術よりも技術的なハードルが高いということです。そのため、操作を習熟するためのトレーニングは他の手術手技の習得よりも時間がかかります。また、脊椎内視鏡手術を行うためには、専用の機器や器具が必要です。よって、脊椎内視鏡手術を行うには、術者のトレーニングに要する時間と専用設備が必要となります。現在、脊椎内視鏡手術を実施している動物病院は世界的に見てもまだ数える程しかありません。国内ではMEDとMELは5病院ほどで実施されています。現時点でFESSを実施している動物病院は岐阜大学動物病院のみです。
完全内視鏡脊椎手術(FESS)は直径6.6mmの硬性鏡(下図)のワーキングチャネルに器具類を挿入して全ての手術操作を行います。FESSでは硬性鏡内に生理食塩水を灌流するため、血液や組織片は常時排泄され、極めて鮮明な術野が得られます。
FESSが適当となるのは胸腰椎の椎間板ヘルニアです。特に高齢犬の場合は、筋肉・靭帯・椎骨など椎間板周囲の組織が弱くなっているため、これらの組織に対する侵襲をなるべく少なくすることが重要です。FESSは現時点で実施できる術式の中で最も侵襲が少ない手術法であり、動物にとって多くのメリットがあります。若い動物に対しても低侵襲手術により、術後の疼痛が少なく、回復が早いため、日常生活により早く戻ることができます。
脊椎内視鏡手術では、切開部から直径15mmまたは19mmの円筒状の筒(チューブラーリトラクター)を脊椎に向けて挿入します。内視鏡手術では、従来の手術方法に比べて切開部が小さく(通常1.5〜3 cm)、筋肉の損傷を最小限にすることが可能です。そのため術後の痛みが少なく、機能回復が早いというメリットがあります。チューブリトラクターにスコープと高解像度カメラを取り付け、スクリーンに映し出された術野を見ながら手術を行います。明るく拡大された術野では、脊髄、神経根、血管がはっきりと視認できるため、細やかな操作が可能となります。内視鏡手術は大きく以下の2種類に分けられます。
主に胸腰椎または腰仙椎の椎間板ヘルニアに対して行う手術です。胸椎または腰椎に対し背外側からチューブリトラクターを挿入します。腰仙椎の場合は背側からアプローチします。通常の手術では脊椎に付着している筋肉(多裂筋や最長筋)を椎骨から剥離しますが、MED法では筋肉をダイレーターという器具で周囲に押し広げて脊椎を露出します。この特殊な開創法を行うことにより、筋肉のダメージが最小限となり、術後の機能回復が早いのです。椎間板を摘出するのに最小限の骨切除を行い、できた隙間から椎間板を取り出します。
主に頸部の椎間板ヘルニアに対して行う手術です。これまでは頸部の多発性の椎間板ヘルニアに対しては、複数箇所の腹側減圧術(ベントラルスロット)を行なっていました。しかし近年では小型犬の症例が多く、複数箇所の腹側減圧術が困難で、術後十分な機能回復が得られないことがあります。代わりに背側から大きく脊椎を露出し、複数箇所の椎弓切除(背側椎弓切除術)を行うことがありますが、頸部の背側筋肉を大きく切開するため、術後疼痛が問題でした。MEL法により1箇所の小切開から複数箇所の椎弓切除が可能となり、低侵襲に脊髄減圧術ができるようになりました。